2006年11月 3日

八景島シーパラダイス 城ヶ島

トンネルが大きい。でもエイはいらないと思う。
プカプカ浮いてるペンギンが気持ちよさそう。
ショーではイルカだけでなくクジラも跳ぶし、白イルカやセイウチ3姉妹も登場。
たい焼きならぬ、イルカ焼き(名前忘れた)もある。
見た目遅いけど、やっぱりジェットコースターは絶叫。

夕日が綺麗。
八景島シーパラダイス。予想以上に楽しくて長居してしまった。

今日の目的地、三浦半島先端の城ヶ島へ着いたのはすっかり真っ暗になってから。
まぐろで有名なとこらしく、海の幸満載の海鮮丼うまい。
そして、ぬれ煎餅をさらに乾燥させた、ぱりっとしてるのに味が染みこんでるせんべいもうまい。
丘の上にある灯台が見える部屋もいい。
夜に灯がなんにもなく、道がはっきりしない丘に登るのはちと怖いけど楽し。

2006年11月 4日

城ヶ島一周 鎌倉 BanBanBazar ヨコハマ

朝日をと思ってたが曇ってるっポイのであきらめる。
朝食を食べて城ヶ島一周散歩にでかける。出発は西の端の城ヶ島灯台の麓。西側は宿や食堂、おみやげ屋が並ぶ。

城ヶ島南側は、海沿いの丘がずーっと続く。コトー先生が自転車乗って出てきそうな感じの丘で、歩いていて気持ちいい。ただの歩道のみで周りには草木以外なにもなく、そして誰もいない。ゆっくりできていいところ。下に広がる岩場もすごい。

東の端は県立公園。南とはちがって整備されていて人が多い。ちょっとおもしろくない。東の端にはロウソク型の安房崎灯台(あわざきとうだい)。対岸を見ると風車が2基。あーいいところ。

島の北側は港町。北原白秋の「雨はふるふる城ヶ島の磯に」で始まる「城ヶ島の雨」の碑がある。(初めて聞いた)

休み休みでゆっくり回ったけど約3時間で一周できた。いい島やった。一番良かったのは海沿いの丘やな。

まぐろ天丼をいただいて、船に乗り城ヶ島を後にする。
この船は城ヶ島を一周してから三浦半島西側の油壺へ向かう観光船。さっき歩いたところを海からも見られるのがいい。いい島やった。来て良かった。

三浦半島2Dayパスを有効活用しバスで三浦半島西部を北上。丘が多くていいとこや。


逗子からJRに乗り鎌倉へ。映画ロケ地周りしたかったけど、時間がないのでまた今度。
道中、コロッケやらソフトクリームやら肉まんやら、いろいろ食べながら鶴岡八幡宮へ寄る。やっぱ御立派。


そして横浜へ移動し、関内にあるBarBarBarというバーでのBanBanBazarのライブを見に行く。みなさんすごく楽しそうに演奏しはるから、見ているこっちも楽しいライブやった。アンコールの完コピもお見事。

ライブの後ブラブラ散歩。コスモクロックは時計を残して12時に消灯することを発見。

2006年11月 5日

中華街 大道芸ワールドカップ

中華街でランチ。やっぱ中華のセットは多い。今回も食べ過ぎ。
鶏とカシューナッツ炒めがおいしかった。あー店の名前忘れた。

静岡へ移動し、今年も大道芸ワールドカップを見に行く。
最終日やったから夕方には終了と言うことであまり見られなかったけど、今年も矢部亮さんはすごかった。デアボロ4つはすごすぎ。

ひさしぶりに公共交通機関のみでの旅行。
あっちもこっちもってならないから、ゆっくり回れてよかったな。

デスノート The Last Name

名前を書かれた人間を死に追いやることができるノート"DEATH NOTE"を使い犯罪者を次々と殺していく月(ライト)と、この連続殺人を止めるためICPOから派遣された名探偵"Lの2人の青年の頭脳戦。後半。

今回も二人の対決がおもしろかった。
前編についてはフラッシュバックですませて始まる。前作を忘れていてもなんとなく覚えていれば楽しめるようにできている。
後半部分は原作とは違うストーリーになっているということで原作を読んだ人でもかなり楽しめるみたいなのもいい。

最後のLのセリフよかったなぁ。

2006年11月11日

手紙

強盗殺人の罪で刑務所に入っている兄と、兄が刑務所にいることが周りに知れる
たびに職や家を変えている弟の兄弟の話。
手紙でやりとりをする兄弟を軸に、差別を受ける弟と周りの人との関わりが描かれている。
全体的に静かながら強く訴えるモノがあるいい作品やった。
しかし、沢尻エリカが関西弁を使う必要はあったんかなぁ?

CARAVANライブ

窓枠でのライブ。
会場に到着してみると入り口はすごい人だかり。300人近く入ったんじゃないか
な。とにかく予想以上の人気。
曲は、アップテンポなのからスローな弾き語りまで盛りだくさんの内容でよかった。
パーカッションの方の妙な動きも絶妙。
浜松ではよくライブをしているようなので、またいきたい。

2006年11月12日

父親たちの星条旗

アメリカから見た硫黄島での戦闘の話。
兵士たちが硫黄島に星条旗を掲げる1枚の写真によりアメリカ人が勝利を確信し、政府は掲げた兵士を英雄として称えるのだが、真実を知る"英雄"の苦悩が痛々しいほど鮮明に描かれていたのが印象的。

日本から見た方と2本立てのようになっているが、今回のを見ただけでは伏線となるようなシーンはなくて、それぞれの映画だけでも楽しめるようになっているなと感じた。
来月の日本からみた方も楽しみ。

2006年11月13日

お昼休みのたい焼き

お昼休み、会社の売店の前にたい焼き屋さんが出ていた。
寒い日は暖まっていい。
週1日くらいのペースで売りに来てくれたらええのになぁ。

2006年11月15日

神谷バー

トーキョー出張。
今回は泊まりやったので、夜友人達と前回定休日で行けなかった浅草の神谷バーへ。
っと言ったモノのラストオーダーギリギリに入店。
目的の電気ブランをいただく。電気ブランはブランデーをベースにジンとかワインとかがブレンドされているカクテル。最近では楽天でも買えるらしい。
ほんのり甘みがあるが、やっぱ強い(30度らしい)。なかなか変わったお味。
浅草の老舗らしく情緒あるお店で、料理も美味しかったのでまたゆっくり行きたい。

2006年11月16日

GRAPE x GRAPE

太いストロー、GRAPE x GRAPE。
ヨーグルトベースのぶどうドリンクでブドウの粒がそのまま入っている。
かなりおいしいと思うのだが、粒が少ないのが残念。

2006年11月17日

しゃぶしゃぶ木曽路

海外旅行を明日に控えて、今日は木曽路でしゃぶしゃぶ。
もー、ゴマダレがうまい。量が少ないかとも思ったセットやけど十分満足。
こんどはすき焼きも食べたし。

添乗員さんからの電話であっちは暑いと聞いたので、服を入れ替えて準備万端。

2006年11月18日

ペルー1日目 浜松-成田-ヒューストン-リマ

9時半の新幹線にて浜松を出発し13時成田空港着。
今回のツアーは大人気のようで参加者50名。2グループに分かれて行動するとのこと。
20代30代が多いかなって感じだが、70代の方まで幅広い層の方が参加されていた。で、ペルーなのに意外と女性が多い。

17時発、トランジットのヒューストンまで11時間のフライト。
70歳を過ぎていると言っておられた別のツアーに参加されている隣の席のおばあちゃん。オレと同じ映画をきちっと観はるし、退職してから毎年何回か海外旅行にも行かれているそうな。ホントお若い。あっちこっちの国の話を聞けて楽しいフライトやった。

ヒューストンでは乗り継ぎだけなのだが、一度入国ということになるので指紋取ったり顔写真撮ったりと時間のかかる大渋滞の入国審査と、手荷物の液体は1瓶100mlまでで密封できるビニールの入れ物にいれないとダメとか、靴も脱がないといけないとかめんどいセキュリティーチェックを受ける。2時間半ほどのトランジット時間だがほとんど余裕がなかった。
(ペルーでお会いした他社のツアーの方々が、入国審査で時間がかかって乗り継ぎの飛行機に間に合わずアメリカ泊になり、ツアー自体が2日遅れていると言っておられた。うちの添乗員さん曰く、そのツアーは超有名なベテラン添乗員さんらしいのだがそんな方でもこんなことになるんやなぁ。)

ヒューストンから7時間のリマまでのフライト。両隣がお若いスペインの方でオレをはさんで超高速会話が交わされる。まったく意味がわからん。で、たまにこっちに質問が来たりと、長時間のフライトやったけど楽しく過ごせた。

リマに現地時間の深夜12時到着。
リマ(たぶんペルー全体)は細い路地でもオレンジの街灯が点いており他にネオンがないので、深夜はオレンジ一色になっていて、上空から観たリマは満天のオレンジの星みたいで綺麗だった。

もう暑いと聞いていたが思ったより寒かった。誤算。
街中はやっぱり南米な感じ。空港からお迎えのデラックスなバスに乗り30分でホテルに到着。

ホテルの部屋から観た夜景や向かいのライトアップされた最高裁判所がいい感じ。

寮を出てから30時間。疲れた。明日からハードなスケジュールなのでこの日は大人しく休む。

2006年11月19日

ペルー2日目 リマ市街観光

午前中はゆっくり過ごす。ということになっているが起きちゃったので、ホテルの周り散歩したりロビーでツアー参加者のみなさまと話したり。

ホテルの周りには美術館がいくつかある。この日は選挙の日ということでお休みのようだ。
ペルーでは選挙に行かないと罰金らしく投票率は高い。そしてあっちこっちのお店が休みか、やっていても店員が交代で選挙に行くから店の回転が悪い。選挙前後の数日はアルコールの販売は中止。とまあいろいろあるようで。

ちょっと散歩していて目立ったモノ。
タクシーの客寄せのクラクションがうるさい。
横断歩道をバク転で渡るなど微妙な大道芸(?)が流行りつつある。
信号で止まっている車に飲み物等を売りに行くという商売があり、そこそこ売れているように見える。
広い中央分離帯にガソリンスタンドがある。
バスの乗り方がかなり不明。しかもバスは1BOXカーを15人乗りくらいに改造したもので三角座りできゅうきゅうに乗っているのまである。
ペルーは車検がないということもあってか初代ビートルが多い。他はトヨタや日産の日本車、ヒュンダイの韓国車が目立つ。
厚着の人から薄着の人までいて、今日の服をどうしたものかの参考にはならない。
選挙と言うことで出ていた警察の装甲車が可愛い。


お昼少し前くらいにホテルを出発しバスで市内観光。今日もゆったりバスでいい。

サン・マルティン広場をバスで通過。サン・マルティンの騎馬像が中心にある広場で周りの建物は白で統一されている。ケンタッキーも景観を守るためにシックな黒看板。

リマ旧市街の中心地マヨール広場(アルマス広場)へ。御立派なカテドラルに大統領府。ライトアップが綺麗らしい。市役所やジムなどがある黄色いビル。少し離れると木製のバルコニーが綺麗な建物が続く。このあたりのコロニアル建築が世界遺産に登録されているらしい。建物といい広場の公園といい建物が統一されているところといいヨーロッパな感じ。住宅地とはエライ違いでこの辺は綺麗。かなり差があるなと感じる。ちなみに公園の中心では選挙報道の特設ステージが組まれており放送中のようで、ガイドさんが驚くほど人がいっぱいだった。

広場から少し歩いたところのオープンカフェみたいなレストランで昼食。(最終的に日本人50人になって変な感じ。)ペルーあたりでもっとも有名なセビッチェ(魚介類のレモンマリネ)をいただく。白身魚ということもあってかわりと日本っポイ。南米ということでインカコーラも注文。えらい甘い。紫とうもろこしのジュース(チチャモラーダ)もいただく。びみょー。ビールの瓶には石壁の模様がかたどってあったりとなかなか凝っていた。

レストランから見えるてっぺんに十字架が建っている丘を観ると字が彫ってあった。何か意味あるのかと思って聞いたら、たんに選挙ポスター代わりらしく、しかも前の選挙戦のときのが残ってるだけとか。なんか残念。

黄色いタイルが綺麗なちょっとアレンジされたバロック様式のサン・フランシスコ教会にちょこっと寄り、バスで移動。

ラファエル・ラルコ・エレラ博物館へ。ラファエルさんが収集したコレクションが展示されている私設の博物館。大きく4つの展示室に分かれており、黄金装飾、ものすごい量の土器を並べてあるだけの倉庫的展示、主に土器を文化ごとに展示した部屋、そしてエロティックな土器ばかりを展示した部屋。
とにかくゆるいデザインの土器が印象的。なんでグッツ作らないんだろうか。いちおう二千年ほど前のもののはずなのにやたら綺麗でまるで昨日作ったみたいな状態で保存されているのが気になる。エロティックな土器展示では女性陣が大盛りあがり。
中庭やカフェがありゆったりできるいいところだった。

高級住宅街のミラフローレス地区に移動し、いかにもわかりやすい像が建っている「恋人達の公園」へ。この像の男性はこの像を建てた男性にそっくりらしい。目の前は太平洋。日本の対岸なのかなと思うとちょっと感動。
(ちなみにここはスペインのどこぞの公園のパクリやん。)

その後大型スーパーに寄り買い物しホテルへ戻る。
ペルーはアメリカドルがそのままつかえると聞いてたけど、ほんとに現地通貨使わなくてすんでる。セント単位のおつりが現地通貨のソルとセンチモで帰ってくるから小銭ばかり貯まる。

2006年11月20日

ペルー3日目 クスコへ移動 クスコ市街観光

7時発(早い)で空港へ向かいリマから飛行機で1時間、標高3400mの都市クスコへ。
飛行機から空港への通路を歩いてる間にさっそく走るのは危険だというくらい空気が薄く感じる。
フォルクローレの生演奏とCD即売会に迎えられバスに乗り込む。

クスコの建物の屋根は全て赤褐色瓦でできており綺麗な街並。さすが街ごと世界遺産。

ホテルへのバスの中で、高山病の症状の頭痛や内臓の不快感などが緩和され楽になるコカ茶をいただく。ホテルのロビーにて無料で飲めるくらいクスコやボリビアでは日常的な飲み物らしい。なんか特徴があるわけでもなく薄いお茶って感じだが、とはいえ原料はコカインと同じコカの葉。コカ茶と一緒にコカの葉も普通にロビーにおいてある。日本では考えられない。聞いたところ、コカ茶をこぼしてしまった服が帰りのアメリカで麻薬犬に見つかってえらいことになった人がいるらしい。

ホテルにチェックインして今日もバスで観光。さっそく同じグループのお父さんが頭痛でダウンし今日は休むとのこと。

クスコの中心アルマス広場にあるレストランで昼食。噴水にカテドラルにとここもヨーロッパな感じの綺麗なところ。周りにあるレストランのテラスもいい感じ。

アルマス広場から少し歩いた路地の石積の壁を見に行く。路地もいい感じ。12角の石などを用いカミソリの刃1枚入らないというのが一目瞭然なくらいぴったりの石組。スペイン侵略以降に建てられた建物は大地震で壊れているが、インカ時代の石積は残っている。スゴイ技術。
スペインにより当時のインカの宗教的なモノはことごとく排除されていたが、ピューマやヘビの模様が積まれた石をいくつか合わせてみると見えるようにカモフラージュして残っていた。
そんな感じであちこちにインカとスペインの関係や融合したかたちが建物から今でも観られる。

バスでサント・ドミンゴ教会へ。もともとインカ帝国時代には太陽の神殿という政治や宗教の中心地であった建物内にはこれまた見事に磨かれたきれいな石積の壁が残っている。

次に丘を登り、手を十字に広げたキリストの白い像のある所へ。クスコを見渡たせるいいところ。

そこからちょっと走ったところのプカプカラ遺跡に寄る。ちょっと弱ってきたのでゆっくり歩いていたらガイドさんの説明聞きそびれたのでどんなとこか分からず。まあ関所かな。ここから見える山は途中から木が無くなっており、そこが森林限界線であることがわかる。ここは標高3700mくらいらしい。寒い。けど雪は降らないそうな。

また少し登ったところにあるタンボマチャイ遺跡へ。ここは駐車場から徒歩15分ということで、軽く高山病になってきた人が増え行かない人続出。ここには一年中枯れることがない湧き水が流れているのだが、水源は未だに分からないらしい。

ここいらでさすがにオレもダウン気味。

少し戻ってサクサイワマン要塞跡へ。石がデカイ。ピラミットのと同じくらいのサイズの石が積まれているとのこと。広い草原もあり気持ちよいところなのだろうが、ダウン気味なのと寒いのとであまり楽しめず。
本日回った各観光地には民族衣装を着た方がいて、写真撮ったらチップという商売をされていた。オレはモノを撮りたいだけなのでジャマだ。

そして夕方ホテルへ戻る。

少し休んで回復し夕食のレストラン「ドン・アントニオレストラン」へ。ここは民族ダンスやとフォルクローレの音楽を聞きながら食事ができるバイキング形式のレストラン。じっくりフォルクローレって聞いたことはなかったが、独特の楽器に独特のリズムが聞いていて見ていて楽しい。牛と羊の間みたいなアルパカの肉や(スペイン人の説明でわかりにくかったが)モルモット(?)のような動物の肉なんかもいただけた。かなり疲れていたが、それも吹っ飛ぶ楽しい食事やった。
雨季ということだったが天気が良くて良かった。

ロビーでたべってると、連日飲みに行ってるとツアー内で有名になった若者達が今日も飲みに出かけていった。あの元気はどこにあるんだ。添乗員さんも感心というかあきれてはった。

教会のライトアップがいいとのことで見に行きたかったが部屋に入ると完全にダウン。
明日マチュピチュやのにぃと思いつつはよ寝て回復と思うが、なかなか寝れない。コカ茶飲み過ぎたかな。

2006年11月21日

ペルー4日目 マチュピチュ観光

昨日聞いた話だと高山病になると手のつめのピンクのところが白くなるそうな。まだピンク色だが体調はかなりやばい。

6時半ホテルを出発。(早い)
クスコのサンペドロ駅から汽車に乗ってマチュピチュへ向かう。この路線の汽車には4種類のグレードがあり、それぞれ出発時間やサービス、値段が異なる。オレらが乗ったのはビスタドームというので、(雨季だからか)2両編成の全席指定。天窓までついていてかなりきれいで。途中軽い朝食と飲み物のサービスがあった。3時間半くらいの距離だが駅は全線で4つのみ。

サンペドロ駅からはじめはスイッチバックで山を登りクスコの街を一望できる丘から、徐々に家がなくなり、アマゾン川上流のウルバンバ川が現れ、最終的にはジャングルのようなところに入って行き、マチュピチュの麓の町終点アグアス・カリエンテスに到着。標高が1400m下がって2000m(富士山5合目くらいか)ってこともあってかだるさがかなり回復。

ここからバスに乗り換えジグザグの山道を約30分で標高を400mほど上り、やっとマチュピチュの入り口前に到着。マチュピチュ入り口まではまったく遺跡が見えない。さすがスペインに見つからず残っただけのことはある。

入り口前で荷物を預け、まず約15分ほど登り写真でよく見る角度でマチュピチュが一望できる展望台へ。たいしたことない道のりだが、高地だけにものすごく息が荒くなる。

展望台から眺めた感想は口をそろえて、「来ちゃった」「目の前にある実感がない」それくらい信じられない遺跡。かなり感動。後に見えるワイナピチュという峰は中央の峰が頭でから右に胴体のうずくまったピューマ。左の小さい山はコンドルが飛び立とうとしているところ、さらに左の崖下にはへびと、インカの空と地上と海(川?水?)の象徴がここにあるという。

南十字星をかたどった石。正確に東西南北を指している。
石を削るところも残っており、みんな石ばかりでできていて、通路一つ取ってもスゴイ。
その他いろいろ、まあ説明はなんか読めば想い出せるやろう。
峰の上に運んだのもすごいが、平坦なところがないどころでないこの斜面に建てられ、それが今でも残っていることに感動。


通常ならゆっくり写真撮ったり説明したりするのが大変なくらい混雑しているということだったが、この日は晴れてはいるが、雨季ということもありこの日は人がガラガラだったらしい。なかなかついている。

ここ数年あまりに観光客が増えてしまったせいか、遺跡を守るために近い将来マチュピチュへの立ち入りが禁止になる可能性があるらしい。行きたいという人がいたら早めに行くように勧めてくださいとの事だった。

あっと言う間の約2時間半くらい。名残惜しみながらもマチュピチュを後にする。

麓の町へ降りて遅めのランチ。そして帰りの汽車が出るまでお買い物タイム。さすがの観光地ということで駅前はおみやげ物屋さんだらけ。
全部ドルで買えるのはありがたいが、空港で売ってた値段を考えると高めの設定。インカコーラのTシャツに至っては、5ドル。男性陣が4ドルで買えたと喜んでると、女性陣は3ドルで買ってきたようだ。さすが。(なお空港では3着10ドル。)

帰りもビスタドームで帰る。帰りはなぜか車内で始まる民族舞踊(1人だけで)にアルパカメーカーのファッションショー。ってやってるのは3人の汽車の乗務員さん。女性はモデルっポイ方やったけど、男性の方が普通のおっちゃんでなんかおもろい。
クスコに近くなるとペルーおなじみのオレンジのライトの夜景が広がっているのが見えた。そして丘の上で車内のライトが消されて夜景を楽しめるようになっていた。観光列車らしいいいサービス。

クスコに到着しホテルへ戻る。

晴れても暑すぎず雲っても暗すぎずでホント天気に恵まれてよかった。

2006年11月22日

ペルー5日目 クスコからシルスタニ遺跡経由でプーノへ

今日は7時に出発しバスでチチカカ湖半の街プーノまで移動。まっすぐ行くと5時間ほどらしい。

道中の景色が良い。
クスコの建物は屋根が瓦であるのに対し、プーノはひょうやあられが多いらしく屋根がトタンになっている。これはチチカカ湖対岸のボリビアの文化らしい。そんな感じで道中街ごとに風土に合わせて文化が異なるということが今でもはっきりとわかる。
ペルーにはいろんな地理条件や風土があり、それぞれ街並みが今でも変わっていないとこから、通過する街それぞれでも風土の違いが見られておもしろい。

途中、標高4335mのラ・ラヤ峠で休憩。真っ白の雲が近い。空がものすごく青くそして澄み渡っている。気持ちいい。が、空気は薄い。

その先の街(名前忘れた)でひさびさに魚料理の昼食を食べ、遠くに6000m級の山脈を見ながらステップ地帯みたいな平原を抜け、シルスタニ遺跡へ。

シルスタニ遺跡にはチュルパと呼ばれる円筒形の石塔の墓が、周囲をウマヨ湖に囲まれた高台にある。チュルパには小さな石を積み上げたものと、大きな石を積み上げた高さ12m直径7mほどのものまである。それぞれ東の方向に窓があり、冬至の日には朝日が差し込むようにできているらしい。
ここの標高は4000mほどらしく丘を登るのはちょっときつい。毎度同じ感想だが、よく建てたなぁって感じ。100基ほどあったらしいが現在は6基のみが残っているのだが、ここは雨やあられも多く風も吹きっさらしであるのにまだ残っているのがあるのはすごいと感じた。

ウマヨ湖には島のてっぺんがすぱっと切られたかのように平らなウマヨ島という島がある。静かなウマヨ湖とセットで自然なのに少し不自然で幻想的な光景。ちなみにウマヨ島にはいまでは少なくなってしまったらしいビクーニャを飼っておられる方がいるらしい。さわってみたかったなぁ。この日はアルパカを連れてこられている方がいた。(まあ商売なんやろけど。)

シルスタニ遺跡近くのインデオの方のお宅を訪問。シーサーみたいなお守り(?)が屋根の上にある、藁(?)の屋根に土と石の壁のお宅。必要最低限のものしかおいていない感じで、自給自足での生活というのが感じられた。

夕方、チチカカ湖畔の町プーノへ到着。
レイクサイドにあるホテルは新しい感じで、オイルヒーターとポットが部屋にあり、ミネラルウォーターとインスタントコーヒーのサービスもあり、室内のカップはイッタラのオリゴ。すばらしい。ホテルはプーノ市街から離れているので、ホテルから見る夜景がすごくきれいだった。ただ、フロントだかの従業員は最悪。もー、いいところだけにおしいなぁ。

この夜は内臓が気持ち悪くなる典型的な高山病の症状がひどくて夕食を抜く。なかなか辛い。

2006年11月23日

ペルー6日目 チチカカ湖のウロス島訪問、プーノ-フリアカ-リマ-イカ

朝、なんとか復活して朝食をいただき、うろうろ散歩。青藻の生臭さが鼻につくが、湖畔の街は気持ちがいい。

9時ホテルを出発しプーノの港からチチカカ湖に浮かぶウロス島へ。

ウロス島はトトラという名の葦を重ね合わせて縛り、踏み固めて作った人工の浮島で、プーノの沖10kmくらい離れたところに、一家族分の小さい島から、小学校があるくらいの大きさまで合わせて50ほどの浮島があるらしく、約2,000人の方が漁業と観光から収入を得て暮らしている。またトトラで作った畑でじゃがいもの栽培もしているらしい。

一家族が住んでおられる島に寄る。島は葦でできてるだけに足元はふわふわ。厚さは20cmほどだそうな。島の引越しは基礎を切り離して移動するということも言ってた。なんかお気楽な生活。葦の根はミネラル源として食べられるということでいただくが、味はない。
なんとソーラーパネルがありその発電で使う電気やテレビもあった。インデオの家と違い生活感がある。

(ほぼ観光用ではないかと思う)トトラの船にものる。4人の方の手漕ぎでゆっくりのんびりしていてよい。この船は半年かけて作るそうだが2年で作り直しになるそうな。しかも今では、200本のペットボトルを船の下に入れているらしい。ガッカリな感じもするがここで生活してるってのを考えると、まあ当然の変化やと思う。

小学校を訪問。授業を中断して迎えてくれた。まあ、こういうところも観光用なんやろうけど。日本人がボランティアで講師をされていたらしく子供たちは日本語の歌などを歌ってくれた。ちらっとノートを見せてもらうと、三角形の内角の和とか日本と変わらない内容をやっていた。「そんなのやったねぇ」。
テレビがあるだけに浮島に住んでいる子供達はドラゴンボールを知っていた。こんなところまで広まっているとは。

なお、チチカカ湖の上にも小学校があるくらいペルーは小学校や電気がフジモリ政権時代に整備されたそうで、こんな風にこの旅行中あちこちで特に貧困層のところでフジモリ政策による影響が多く見られた。そんなこともあっていろいろあったがブルジョア層以外にはフジモリさんの人気が高いと感じられた。

再びプーノへ戻り湖畔のレストランで昼食をいただき、バスでフリアカの空港へ。アキレパ経由でリマへ戻る。機内で内臓の気持ち悪いのが回復。さすが気圧が調整されているだけある。

久しぶりのリマ独特の香りを感じつつバスで5時間かけて、イカへ、海岸沿いの砂漠をひた走る。(ってこっちは寝てるだけ)プーノから持ってきたペットボトルが、気圧の関係でベコベコに凹んでいたのが衝撃的。

夜中にホテルに到着。築100年ほどの歴史のある建物。そのわりには綺麗。おやくそくで散歩するが、裏に池がありお店がちらほら見えたものの、このあたりがどんなところか真っ暗で全貌はわからず。

やはり下界の空気はいい。「僕たちは所詮天上人にはなれませんね。」(笑顔が素敵な御夫婦の旦那様の一言)

2006年11月24日

ペルー7日目 ナスカの地上絵遊覧飛行ツアー イカ-リマ

朝、起て表に出ると驚き。ホテルの周り一面が砂丘。
砂丘を登ってみてもさらに砂丘があり、さらに登ると向こうは一面広がる砂漠。すごい。ホテルの横にある池と池の周りにだけ生えている木を見下ろすとほんとに絵に描いたようなオアシス。すごい感動。
ただ、砂漠なのに霧が出ているのがなんかミスマッチ。
実際のところここはイカの端っこのようで、片側は砂丘を1つ越えれば大きな街が広がっていた。

今朝は霧が濃いらしくまだ地上絵が見えないからと空港からの知らせがあり、オアシスでしばしゆっくりする。

そしてナスカへのセスナが飛ぶイカの飛行場へ。飛行場って言ってもオープンカフェに広場が付いたくらいのくらいの小さなところ。敷地内には公園がありそこにコンドルもいた。
さて、ここからの飛行機はいつ飛ぶのか、何人乗りのセスナが来るのかさえわからないというところ。たまたま今日はすいているのかスムーズにいけるらしい。
来たセスナは12人乗りだったので、まずツアーグループの半分の人が乗っていった。
残された我々のうちの数名は1時間の待ち時間をサンドバギーで楽しむ。

サンドバギーは、9人乗りのバギーで、砂丘をレールのないジョットコースターのように駆け回るアトラクション。たいしたスピードは出ないのだが、一面の砂で道がわからないので、突然崖を落ちるように走ったり、後続車がなぜか真上に見えるくらいのバンク連続など、とにかく面白い。メンバーもよかったのか、さっきまでみんなテンション低かったのに、最終日のここに来てこのツアー最高のハイテンション。
途中、砂丘の上で止まり砂丘をボディーボードで滑り降りるというイベントがあった。40?50mほどを乗り滑り降りるだけなのだが、今まで見るのばかりの観光だったためか、このアクティブなのがかなりおもろい。そして服は砂だらけ。
約50分ほどのサンドバギーを終えてみんなが待つ飛行場へ戻ると、異様なハイテンションでサンドバギーを薦める我々につられてか、ナスカから帰ってきた先発隊のほとんどの人がサンドバギーに乗っていった。

サンドバギーのテンションも覚めないうちにセスナに乗り込む。イカの空港からセスナで約20分ほどのところにナスカの地上絵がある。
セスナは12人乗りで全員が窓側に座れるようになっている。副操縦士の方が片言日本語で「ハイトモダチー ハチドリー ミギ ハネノシタ ココ! ココ!」と教えてくれる。飛行機はざっと45度ほど傾き旋回するので普通に窓を見る視線で見られる。しかし、すごい角度。添乗員さんからの酔わないためのアドバイスは、セスナはそれぞれの地上絵を右と左で旋回するので、どちらの窓からも見られるから自分の方の窓側しかみないこと。んなこと言われても見てしまう。意外と大丈夫やった。
地上絵はなんかサイズがわからないほどデカイ。たしかに不思議だ。
予習していったわりにはいくつか見つけられなかったのが残念だったが、約30分の遊覧飛行。満足。

遊覧飛行を終えて、イカ市街のリゾートレストランでバイキング形式の昼食。ここはヨーロッパ人の家族だらけ。サボテンのジュースをいただく。メロンっポイ感じ。食後ホテルの庭をぶらつく。さすがリゾートホテル。プールやらもあっていいところ。

そしていよいよリマへバスで戻る。約5時間。
ツアー中バスでの長距離移動が多かったが、長距離移動用の道は日本の高速道路よりもきれいで、つぎはぎや段がなく、またほとんど直線なので乗っていて楽やった。(そもそもバスがいいってのもあるけど。)

夜にリマ市街へ到着。日本料理屋さんでお寿司などの定食を食べる。時間があるので各自スーパーなどに行って時間をすごし、ついにリマの空港へ。

飛行機が出るまで2時間以上の間最後のお土産タイム。
のうちに日付が変わる。

2006年11月25日

ペルー8日目 リマ-ヒューストン・・・

ペルーの空港にてお土産を最後の最後まで迷い、ほとんどみなさんが搭乗し終わった後で搭乗口へ到着。あせった。
ついにペルーを後にし、ほとんど寝てる間にヒューストンへ。ヒューストンには夜明け直前に到着。朝と夜の境目みたく見える水平線がめちゃめちゃきれい。

アメリカには手荷物で100ml以上の液体の入った入れ物は持って入れないが、リマの出国審査の後でお酒を買っても、ヒューストンでスーツケースを再び預ける寸前で、一度スーツケースを開けられるのでそこで入れたらOKと聞いていた我々は荷物を預けるその場の一角を占拠し荷物の詰めなおし。

さて、今回はトランジット時間のあるヒューストン。
うろうろしてみたが変わったお店はNASAショップくらいかな。(テキサスなショップもあったらしいが見つけられず。)
ずいぶん時間があったけど、ツアーのみなさんとだべったり写真撮ったりしているとあっという間に過ぎた。

そして成田へ向かう。13時間。「たいようのうた(英語字幕)」「デットマンズチェスト」を見てから寝てると、日付変更線を越える。

2006年11月26日

ペルー9日目 ・・・成田-浜松

帰りの飛行機は行きより時間がかかるが、ずーっと寝ている間に日本上空。そして15時到着。日本は寒い。
ペルーからということで黄色い健康調査みたいなカードを書き帰国。
新幹線やらの関係で、みなさまと挨拶する間もなく浜松へ向かう。
(なんかペルー9日間ツアーの9日目ってのが納得できない)

そして浜松でさっそく鯖味噌煮定食を食べに行く。

個人旅行ではこんなに回れなかっただろうし、説明もなくただ通過するか、本ばっか読んで頭でっかちで終わっちゃうかになりそうに思っていたので、今回はツアーでよかったと思う。ツアーに一人で参加したら逆に暇かなと思っていたが、フリータイムでも一人でご飯食べるようなこともなく、みなさんいい人たちでほんと楽しいツアーやった。
いまだに謎の多い数々の遺跡や、海から砂漠に高地にと幅広い気候、それぞれの街の歴史や特徴がそのまま残っていたりと、とにかくいろんなことが体感できたいい旅行やった。
一方で、初途上国ってことあってか、今自分が日本で生活していて、それがいかに恵まれているんかというのを感じられる点がたくさんあった。

行きたいなと思っている人には一度行くことを強くお勧めするけど、しかし、また行こうと言われたら・・・微妙やな。
今度は標高の低いところに行こう。

2006年11月27日

イルマーレ

飛行機の中で見た映画。機内って画面近いは、ヘッドフォンやはでえらく集中して見てしまう。

2004年と2006年を結ぶ湖上の家の郵便受けを通じて文通を始めた男女の恋愛ストーリ。
韓国映画のハリウッドリメイク。リメイクとは言え、ストーリー上の大事なところが変わっていて、そこに韓国とハリウッドの違いを感じた。
ストーリーはこっちの方がいいな。

Akeelah and the BEE

機内で見た映画もう一本。

スペルを覚えることに才能を見いだされた少女が、初めは反対されつつも徐々に周りから応援されるようになり、みんなの期待を受けて全米の単語スペル・コンテスト(スペリング・ビー)に出場する話。
話は単純で勇気を与えてくれるディズニー映画みたいな感じであるが、安心してみられて、そして最後にはジーンとくる良い作品やった。