1999年3月10日

思いつき- 前日まで

友人と「海外行きたいなぁ。」と言う話になった。
とにかくオレは海外は初めてなんで、とりあえずはパスポートを取りに行くことにした。
さっそく、現住所と本籍の区役所2軒まわって旅券事務所へ(全部近場で良かった)。

さて、何処に行くってことで。
・勝手きままに散歩できるのがいい。
・古い街っていいね。
・ヨーロッパがいいなぁ。
・安い方がいいなぁ。
とか言って、パンフばかり見てどこに行くか話し合っててもラチがあかない。だいたい、2月下旬に申し込んで3月上中旬に合うのか?ということで、とりあえず旅行代理店に出かけた。
四条まで出ていろんな旅行代理店で、探しに探し、歩きに歩き、読みに読み、悩みに悩んだあげく、
「アテネ・パリ8日間 (内容は、飛行機とホテルのチケットに空港・ホテル間のお迎え付き、添乗員なしの完全フリー)」
ってのに決めた。(8日目って関空到着だけなないかってつっこみたくなるとこでしたが。)


次は旅の準備のお買い物。
日常あまり買わないモノを買いに行くのはむちゃ楽しい。
そんなこんなで、旅行用便利グッズ屋さんへ行き、「なんやこれ」「なにに使うねん」って盛り上がりながら、必要な物からたいしていらないようなものまで購入。


そして、ネットで旅行記をあさり細かい行き先を考える日々。

1999年3月11日

アテネへ

本日の予定
「京都−(特急はるか)−関空−(飛行機 フランクフルトで乗り換え)−アテネ」

さて、初日は移動だけ。とはいえ飛行機に乗るのは初めてなので、それだけでも満足。
初セキュリティーチェックは、お約束のように「ピンポーン」と鳴る。ポケットの中身を全部出してもまだ鳴るし。結局、ベルトの金属が反応していたみたいやった。これから空港に着くたびにこうなるのかなといささか不安を覚えつつのスタート。

飛行機に乗ると「日本がほんとに日本地図の形をしているのを観るて感動する」って友人が言っていたので楽しみにしていたが、日本は曇っていて残念。
ロシア上空に入ってからはすごくいい天気。さすがにロシアは広い。どこまでも山っポイ、しかも真っ白の雪景色。上は青いと言うよりは紺の当然のことながら雲一つない空。やっぱり上空はいい。飛行機初めてだから最初はずーっと外見てた。
で、音楽聞いたり、映画見たり、軽く寝たり(乗り物で寝るのは苦手)して、約10時間で、とりあえずドイツのフランクフルトに到着。
そして、乗り換えのアテネ行きが出発するまで7時間待ち。なにもする事がないので長い長い。はじめ空港には、同じ飛行機で来た日本人がいっぱいいたのに、フランス行き、イタリア行きと、どんどん飛んでいくうちに日本人はオレらだけになってしまい、なかなか寂しい状況。
あとで知ったのだが、トランジットの間にフランクフルト観光できるツアーがあったらしい。

そんなこんなで、関空を出発して約22時間、現地時間で夜中の1時にやっとアテネに到着。とりあえず、お金をドラクマへ両替。
空港には黄色いベンツ(タクシー)の現地のおじさんがお迎えに来てくれてた。(夜中にご苦労さんです。)おじさんは、ライトアップされたアクロポリスなどを通ってくれたりして、簡単な会話をしながら、ホテルまで送ってくれた。とにかく見慣れない街並みなので、気分は「おお」って高揚してるのだが、カラダ的は疲れててとにかく休みたいって感じやった。

さて、ホテルに着いて、日本語が通じるわけでもないので英語でチェックインをするわけだが、朝ご飯だとかそういうのはわかったものの、途中からは「この人、何言ってんだ」。で、適当に答えてやっとのことで部屋に入ったのだが、電気が付かない。しかたないので、またロビーに戻って、「ライトつかへん」ってことを何とか伝えると、「差し込むねん」みたいな感じで説明してくれてるんだけど、よくわからない。で「えっ?えっ?」とか困ってみると、「じゃあ、やりましょう」って、わざわざ部屋まで来てやってくれた。カードキーを壁にあるカードケースみたいなところ(真っ暗で見えなかった)に差し込むと、部屋の電源が入る仕組みになってた。(ほとんど旅館にしか泊まったことなかったのでそんなんしらんかった)
でもって、やっと休むことができた。
ホテルは、空港からタクシーで30分、商業街の中心地のオモニア広場とシンタグマ広場の中間のにあるティタニアホテル。駅にも近く観光にも便利なロケーション。旅行ガイドでは中級ホテルと書いてあったのだが、明るくいい部屋で、ホテルの人もいい人やった。

1999年3月12日

アテネ市内をぶらつく

本日の予定
「アテネ市内をぶらつく」

朝ご飯はバイキング。一通りおいしかったが、何よりもクロワッサンがおいしかったのが満足。

ギリシアといえばとにもかくにもパルテノン神殿ということで、神殿のあるアクロポリスへ向かった。ついでに街並みも見ていきたいからホテルから徒歩で行くことにした。
中央市場などの地元の人たちでにぎわう通りを歩くこと30分くらいで、まわりを断崖に囲まれたアクロポリス丘が目の前に見えてきた。しかし、目の前にあるのに入り口への道が見つからず、住宅街をさまよい歩きアクロポリスの丘の入り口に到着。広いのに入り口は1つらしい。
パルテノン神殿はまだまだ修復中という感じで、工事用の足場などがあった。でも、こうやっていつもテレビや写真で見ていたモノを間近で観れて感動。あまり映されない裏側を観るとエラく新鮮。
で、さすがに観光客が多い。海外の小学生(?)の遠足か修学旅行の団体も観た。「あー、あの先生の大変さは世界共通なんやねぇ。」

次は、アクロポリスの丘の横にあるゼウスの神殿。2世紀ごろにできた神殿で、かつては柱が104本ほどあったそうだが今では15本のみ。柱が15本だけの広場なのだが、あまりにも誰もいないので、なんとも落ち着くひととき。(なんせ、海外慣れしてないから、どこ行っても緊張してたから。)この誰もいない広場で、偶然にも日本人の女の子に逢った。彼女はヨーロッパ中をバックパックで回ってるという。
他にも、ゼウスの神殿に行く途中「アテネ滞在8時間だけ」というお兄さんにも逢った。こうやって、たまに逢う日本人と話すのが楽しい。日本で逢っても絶対話さないやろうし。これが日本人の少ないところを旅行する楽しみやなと感じた。

アテネで観光や買い物をする範囲はだいたい3km四方におさまっているので、じっくり観るわけでないなら2日もあれば堪能できると思う。アテネには博物館などの観光名所がいっぱいあり、人気のあるアクロポリスや国立考古学博物館は平日なら夕方まで開いてるが、そのほかは15時には閉まってしまうところが多いので注意がいる。とくに土曜日は早く閉まるみたい。レストランなどの飲食店はだいたい夜中までやってる。

アテネの街を歩いていて目立つのが、駅のキオスクのような店。特に中心部の大通りにおいては、数十メートルも歩けば1軒はあったが、自動販売機はほとんどなかった。また、クルーリっていうドーナツの大きくした形のゴマパンを売っている路店もいっぱいあった。また、ユーロマネーが出たところだったので、宝くじみたいに商店街の中でユーロを売ってるというか両替というかやってた。
他に気づいたことは、車優先であること。うかうかと歩いていたら跳ねられそうな勢い。横断歩道も青の点滅なしにバスッと赤に変わっちゃうし、しかもタイミング一定じゃないし。
あとは、アテネ中心地でも道がガタガタなのでアテネオリンピックに向けて整備の工事が盛んやったなぁ。

そして、我々が見事にやられたのが、大きな肉の固まり目印の、ギリシャのファーストフード「ギロ」。
これがうまい。豚、鶏、マトン、ラムなどの肉をピタと呼ばれるパンというナンというかお好み焼きの生地みたいなので、くるんだファーストフード。香ばしく焼けた肉がいい。

1999年3月13日

地中海の島へ

本日の予定 「ピレウス港から地中海の島へ」

ピレウスはギリシャの海の玄関ともいえる、地中海でもトップクラスの国際港。そこに行けば、適当な島へ行けるわけで、まずはピレウスへ行くことにした。
ピレウスはへは、アテネから地下鉄(といっても地下は3駅くらい)で向かう。つんつん頭の一見怖そうなお兄ちゃんらがいたりして、いろいろ珍しいモノを観ながら、約20分でピレウスに到着。
できればミコノス島に行きたいんやけど時間的に無理なので、最寄りのエギナ島に行く。でもどうすりゃいいんだかわからず、港でうろうろしてると、クルーリ売りのおっちゃんが、「エギナにはこれに乗ったら行けるし、
帰りは8時まで1時間に1本出てるで」(英語)と教えてくれた。ええおっちゃんや。

そんなこんなで、フェリーに乗り、地中海の風をうけること約1時間でエギナ島に着いた。せわしなく賑わうアテネと違って、島って感じののどかさが一歩目から感じられた。

港の街並み。とりたてのタコの足を焼いたものを買ったのだが、おいしかった。またそこの店のおじさんは「タコ、タコ」と客寄せをしていた。なんとも日本人用。

裏路地。白壁で地中海の街って感じがよい。みたかった物が観られた感動。この先には、どんなところがあるのだろう、って感じの路地の広がり方がいい。途中の小さなお店で、ドットで全面に風景をプリントした日本ではお目にかかれないようなTシャツも買った。けっこう値引いてもらえてちょっとうれしい。

紀元前5世紀に建てられたアポロンの神殿。今では写真の柱1本のみになったそうだ。この写真の撮り方からもわかるように、さわっても怒られないのがスゴイ。


1999年3月14日

パリ ルーブル美術館

本日の予定
「パリへ - パリ市街散歩 - ルーブル美術館」

もっといろいろ行きたっかったけどギリシャをあとに、今日はパリへ。今回はドイツのミュンヘンで乗り換え。乗り換え時間は1時間なので、前回と比べてかなり気が楽。
ミュンヘンからパリの間は、ずーっと畑が広がってたり、平野に森が続いてたり、さすがヨーロッパだなと飛行機から外を見続けること2時間弱でパリに到着。シャルルドゴール空港に着いてイミグレーションなしに表へ出た。どうやら、ユーロ圏は国内線と同様の扱いらしく、ドイツで一度ユーロ圏に入っていると言うことで、パリではパスポートにスタンプを押してもらえなかった。フランスに行ったのにスタンプがなくてちょっとさみしい。

ホテルに荷物を預け、とりあえずパリ中心街へ。
パリの地下鉄(METROとRER)は東京並みに路線が多くそこら中を走っているので、大抵の移動はメトロで行ける。回数券や数日間乗り放題券もあるらしい。とりあえず回収券を購入。
パリの街は、建物はだいたい同じ色で同じ高さ、看板も目立たせようというよりは周りに合わせていて、全体的に調和のとれたとてもいい感じ。パリの中心から少し離れたところにあるラ・デファンスというところに、近未来的な街ができているらしく、歴史ある部分と新しい部分を分けているところがすばらしい。また一見複雑な道路に思えるのだが、大通りを歩けばオペラ座や凱旋門といった目印になるところに必ず行けるという街作りがされているように思えた。
ただ、地下鉄の出口(特にオペラ座駅)では切符が道にいっぱい落ちていたりと、道路が汚いのが残念。このあたりは馬が中心だったころからの文化なんやろな。
そんなこんなで、「さすが日本人が多いな」とか「日本語文字も多いな」とか感じながら散歩。なかには、[コンビニ]と書かれた店があって、新聞とかお店の人とかお客とか完全に日本ってお店もあった。

やっぱりパリといえばここに行かなくちゃと、ルーブル美術館へ。この日は入場料無料。ルーブル美術館は広いと聞いていたので、館内で販売されてる「はじめてのルーブル」っていう日本語ガイドブックを購入して進む。
いやーさすがルーブル美術館。広い広い。そして作品が多い。モナリザ、ミロのビーナスをはじめ、観たことある作品がずらりで、全部見てたら一日じゃ足りない感じの数。有名な作品以外でも、すばらしい作品がたくさんあった。ガラスのピラミッドや新しくできた広いショッピング街など建物も楽しめる。日本との違いを感じたのは、彫刻などのよっぽどの作品以外は囲いがされておらず、モナリザでさえさわれる距離でじっくり鑑賞できたこと。日本じゃありえないなぁ。
なお、ルーブル美術館は入り口でX線のセキュリティチェックもあることから、中央のピラミットからの入場は並ばないと入れないこともあるそうだが、そのほかの3ヶ所(メトロのパレ・ロワイヤル・ミュゼ・デュ・ルーブル駅から地下街を抜けたところ、カールゼル凱旋門わきの入り口、リヴォリ通りの装飾芸術博物館横)の入り口は、比較的すいているらしい。

ルーブル美術館が閉館時間になったのでまた散歩に。ルーブル美術館からコンコルド広場を抜けシャンゼリゼ大通りへ。そしてその先の凱旋門まで行ってみることにした。「シャンゼリゼ」どんなに派手なところかと思いきや全然違って、どちらかというとシックでおしゃれな感じで、さすがフランス。派手に飾らない。しかし、この日は日曜日で休みが多い。そう、パリでショッピングをするには日曜・祝日はほとんどのお店が休みなので避けたどうがいいらしい。凱旋門に着いた頃にはすっかり日が沈んでいたのでまた後日来ることにする。

1999年3月15日

パリの名所巡り

本日の予定
「パリの名所巡り」


なんとパリには、大きな駅または凱旋門のところにあるパリ市観光案内所で売られている、数日間有効のパリ周辺の美術館・モニュメントのフリーパス「カルト・ミュゼ・エ・モニュマン」というのがある。(ただし一部割引)これは絶対お得で、これを持っていれば、大抵の美術館やモニュメントで入場券を買うために並んだりする必要がない。


まずは、ノートルダム寺院へ。
何度も映像で観たセーヌ川沿いの道や橋といった景観、やっぱり実際に観るときれいです。しかし、セーヌ川の水が多くて、セーヌ川の河岸歩道が歩けなくて残念。
そして、セーヌ川のシテ島にある、ノートルダム寺院。外装工事中でちょっと残念(なんや残念が多いなぁ。)やったが、一歩中にはいると高さや広さ、装飾品やステンドグラスとかによる、空間というか、映像とは違ったライブ感ある雰囲気が最高。

さて、次にノートルダム寺院のすぐ近くにある、マリー・アントワネットの独房ともなっていたコンシェルジュリーへ。まず建物の外見からして、いかにもフランス革命時の牢獄って感じが漂う建物。華やかなパリにも暗ってところもあるのが感じられた。
そして、コンシェルジュリーとつながっている、サント・シャペルへ。ここはステンドグラスがすごくて、ステンドグラスの壁ってほどステンドグラス。これは一見の価値あり。

さて今度は、市民の憩いの場って感じのリュクサンブール宮殿のあるリュクサンブール公園へ。ずーと、ぼーっとしていても飽きないような、そんな感じの大変広くて落ち着くってところやった。
そして住宅街を抜けて、やってきましたエッフェル塔。かなり歩いた突然、「あー観たことある」って風景を見た瞬間は感動した。どこ行ってもそうなのだが、パリの広い公園はどこもきれい。
エレベータを使っててっぺんまで行くと、他にこれほどまでの高い建物が少ないから、パリや周辺の街が一望できて最高。

そして昨日来た、シヤンゼリゼ通りの凱旋門に。凱旋門って観ていると、アウステルリッツの戦いなどの絵が刻まれている。で、意外と知られていないと思うが上まで登れる。しかし、エレベータが故障しているとかで、長い螺旋階段を目の回る思いで上った。凱旋門から放射状に10本くらいの道が延びていて、上から見ると、特に長くまっすぐ続いているシャンゼリゼ通りがいい。

1999年3月16日

ベルサイユ宮殿 - 行きそびれたとこ

本日の予定
「ベルサイユ宮殿 - 行きそびれたところ行けるだけ」


パリから電車に乗ること30分くらいのところにある、パリの外にあるベルサイユ宮殿へ。
宮殿内の装飾とか家具とかは、まさに豪華絢爛。これでもかというほど次から次へとでてくる。
宮殿よりも驚いたのは、とてつもなく広い庭園。向こうの端がかすんで見えないほど。それから日本と比べるとパリは湿気がなくてすぐにのどが渇いていたのだが、ここはすこし湿地なのか、湿気があって過ごしやすいところやった。庭園内のオープンレストランでの食事もよかった。なんとも言えないほどいいところだった。

もっと見ておきたいところもあったので、パリへ戻って、オルセー美術館へ。
作品の数はルーブル美術館と比べると少ないのだが、内容はこちらのほうがすごいのではないかと感じた。(たんに、知ってる絵が多かっただけやけど)
建物も昔の駅をそのまま利用しているだけあって、これも一つの作品のようで楽しめる。

さて、ルーブル、オルセーときたらもう一つ、オランジュリー美術館。ここには、大きすぎてなかなか外には持ち出さないだろう「モネの睡蓮」があるのだが、「しばらくお休みします」の文字が入り口に。残念なんて言葉で解決できないほどの残念。(やっぱり残念が多いなぁ。しかしこれはちゃんと調べておけば分かったやろうに・・・)

そして、この旅行もっともリッチな食事をアットホームな感じのレストランでとって、ホテルに戻った。

1999年3月17日

帰国

あっと言う間の帰国。もっとあっちこっち見たかったのやけどな。

しかし、すんなりと帰れない。飛行機は例によってドイツで乗り継ぎなのだが、今回は乗り継ぎ時間は1時間。なのに、ドイツへ着いたのは1時間遅れ。「どうすりゃいいのだ?」と日本人同士困っていたけどしかたないわけで。そんなこんなで、猛ダッシュの日本人数人。エレベータが行っちゃったのでどう見ても進入禁止のマークがついているような階段を駆け下り、もどかしいパスポートのチェックを受け、みんなで急いで搭乗口まで行くと、「ただいま、乗り継ぎのお客様をおまちしてます」のアナウンス・・・。何やってたんだろう。
まあ、飛行機なれしていないとはこういうものかと思い、日本へ戻る。


振り返ってみると、なんだか、駆け足過ぎてあまりゆっくりできなかったような旅やったが、初めての海外と言うことで、あっちこっちでカルチャーショックを受け、いい刺激を受けれた旅行やった。
反省点としては、ちょっとガイドブックに頼りすぎたことかな。もうちょっと別の角度で調べていったらよかったかなと思う。とくにお店とかは。(まあ、現地でうろうろ探すものおもしろかったのだが。)
また、外に出て何がわかるって、それは今の自分がどういうところにいるかってこと。例えば、日本は外国語表記が少ないこと。アテネやパリで、現地語でしか書かれてないところは困まったが、日本と比べるとまだ多かったような気がする。


パリで心残りなもの。それは、オランジュリー美術館で睡蓮が観れなかったこと。
しかし、かえってしばらくすると、京都の美術館でやってるじゃないですか、オランジュリー美術館展。「パリで観れへんかったモノが、なんで京都にあるねん」と思いながら、見てきた。しかし、パリの美術館と比べると人が多いし、じっくりみれないし。しかも睡蓮ないし。「今度パリに行ったらオランジュリーに行こう。そして睡蓮とここで観た絵をもう一度観よう。そしたら、また違った感じで観れるんじゃないかな。」と思う。