2011年11月 6日

suzuka 8h enduro

鈴鹿サーキットでの自転車耐久レース。今回は兄弟会社のみなさまと参加。
朝雨が降っていてどうしようかという感じであったが(一部、着いてすぐ「撤収」と言っている人もいたがw)、スタート時にはなんとか雨が上がった。

8時間のロード、オープンで出場するのは初めてなのでそう感じるだけかもしれないが、ピットに入りきれないし、用意されたスタンドに自転車がたてられない、そして先頭集団のトレインがすごい長いしで、体感では今までの中で最高の参加者数に見えた。

チームはみなさんロードレーサーで速そうな人たちがそろっていたが、ゆるゆるな雰囲気で(ゆるすぎか?)最後まで楽しかった。まあresultは見ないことにしよう。

そして今回から整体の無料サービスが始まった。予約殺到でレース中盤には受付を終了するほどの人気。こちらの先生方も8時間耐久みたい。

2011年11月18日

エジプト旅行 1日目-移動-

現地の方でいろいろ問題ある中ではあるが、友人と休みと目的が合いそうだったので、エジプトへ。

海外旅行の初日の行程は、今日は浜松-羽田-関空の移動のみ。なんだかなぁ。

羽田は初めて。金曜の夜ということもあってか、旅行客よりもサラリーマンの方が多い。

2011年11月19日

エジプト旅行 2日目 -入国、ルクソール(カルナック神殿)-

今回はカタール航空をつかったので、ドーハ経由。
午前5時くらいに着いたのだが、免税店が全部開いていた。ちなみに帰りは日付が変わる時間にドーハでトランジットだったのだが、やっぱり全部開いてた。24時間営業なんやなぁ。すごい。

カタール便は、座ってみると広めのシートで、靴下まで付いてるアメニティもあってけっこういい。ドーハ空港はとてつもなく広いのでバス移動になるが、長距離トランジット、近距離トランジット、入国などでターミナルが異なるためややこしい。しかしすべて色分けされており、出発前にもらった機内持ち込み手荷物に付ける札やチケットケースですでにその色分けされており、その色を見て係の人が降りる場所に着いたら教えてくれる。そうやって、こちらが話しかけたりチケット見せることなく係の人がわかるようになっている。第一ターミナルとかの数字よりも分かりやすい。すばらしい。また、ドーハからルクソール便にも日本語のアテンダントさんが何人か搭乗されていた。それだけ日本人が来るんやろなぁ。でも、今日は3席独占できるほど、飛行機がガラガラ。

そして、古代文字みたいなガベがかっこいい建物のルクソール空港にてエジプトに入国。昼前とはいえ、予想外に涼しい。
ルクソールはエジプト中部で、新王国時代の都のテーベだったということで遺跡が多い。

現地ガイドさんと合流してバンで移動。このあとも基本は車移動。今回のツアーはオレと友人の2人なんで、バスじゃなくてセダンとかなので悠々すわれる。ほぼ個人旅行感覚。まあ、事態が事態だけにそんなもんか。

さっそく、ルクソール市街地近くのカルナック神殿に。基本的にエジプトの遺跡や博物館は国が運営していて、チケットが同じ形式で、それぞれの遺跡の絵が描かれておりかっこいい。ただ切り取り線が浅いので、チケットのおじちゃんによっては切るのが雑。

カルナック神殿は歴代の王が増築を繰り返して大きくなった神殿で、模様等を見ればその時代の流れが分かる。たとえば石柱のデザインがハスかパピルスかなど。
また、巨大な門の裏には日干しレンガが積み上げられおり、巨石を並べては、レンガでスロープを高く長くして、また巨石を運んで積み上げて、スロープを拡張、といった様子が分かる。

神殿中程は巨大で古代文字やレリーフが掘られた石柱がずらっと並ぶ。期待していたエジプトな風景なのだが、テレビや写真で見ていたのよりも実際に見ると巨大でそしてキレイで、目の前にあるのが信じられない。ほんとに3,4千年前のんなん?なんならすごいリアルなCGやセットみたい。
とにかく遠くまで来たなぁと思う。いきなり満足。

次にランチへ。一人なら行かないような住宅街の中に入っていったとこにあるGEORGINAというお店へ。ちなみにレストランは貸し切り状態。この後最終日までいくつもレストラン寄ったけど、みな貸し切り状態。なんだか、いいのかなぁって感じだった。

経験上、現地での最初の料理がこの先の楽しみを決めるのだが、エジプト料理期待できるおいしさだった。さらに、友人が食べられないものがあって「もったいないからその一皿を出さなくてもいいです」と言ったら、代わりの料理を急遽作ってくれた。この後のレストランでも同じく急遽作ってくれた。言ってしまえばツアー向けの料理を用意しれくれてるだろうに、そうやって急遽対応してくれるなんて、すばらしい。日本じゃあり得ない。

内容はエジプト料理のコース。米より一回り大きいくらいのサイズのパスタが入った塩ベースのスープ。すごい素朴な味なのだが、どこに行っても日本のみそ汁みたくこれが出てくる。あと、パンにつけるごまペーストも毎食出てくる。最終日には「この店のはぁ」と批評できるくらい。
まあ、毎日食べてるとこれがいい。基本的に味は塩や胡椒、そしてなんかの香辛料が多い。デザートや飲み物はとにかく甘い。ちょっと厳ついおじさんが多い国だが甘党だらけらしい。しかもオレでも甘いとおもうものばかり。
なお、先に書いちゃうと、この旅の中でここが一番よかった。

あったかいスープはどこにでもあって、そして緊張をほぐしてくれて、ほっとする。これは世界中どこに行っても思う。

午後は、ルクソールのナイル川西岸を観光する。

エジプト旅行 2日目 -ルクソール(ナイル川西岸、カルナック音と光のショー)-

ランチ後、ナイル川を渡り西岸へ。ちなみに東岸は日が昇るから生者、西岸は日が沈むから死者という考えがあるよう。

エジプトは国土の5%のみ緑地帯でソレ以外は砂漠。その5%はほぼナイル川沿いらしい。そしてルクソールより南は延々とサトウキビが、北はナツメヤシが栽培されているらしい。道中収穫されたサトウキビを運んでいるトラックや荷馬車(ロバ)をよくみかけた。

また幹線道路は縁石があり、ハイビスカスなどが植えられていてけっこうキレイに整備されていた。運転はまあ荒いかな。

西岸に広がる岩山に入ったところにある王家の谷へ。撮影禁止だったので写真なし。
ピラミッドが建てられた古王国以降、ピラミッドは墓荒らしにあったのを見て、中王国、新王国ではここに地下に墓が造られたそう。これでピラミッド建設の技術が失われたんやなぁ。残念。
思っていたより観光客が少ないのですんなり入場できた。今年になってカイロでの事件が発生して以来日本人が激減したらしい。

ここには60以上の墓が見つかっている。そのうちの十数カ所が公開されており、各墓の入り口で2穴パンチでチケットに穴をあけられ、3つまで見学できる。ツタンカーメンの墓のみ別チケットが必要。それぞれの墓は数十メートルくらい階段やスロープをおりたら行き止まるくらいの長さで、そこで壁画や棺を見ることができる。これがみごとな壁画や、巨大な石棺で見応えあった。
ツタンカーメンの墓ではツタンカーメンのミイラが展示されている。知らずに入るといきなり出て来てビックリ。

王家の谷から車で10分ほどのハトシェプスト女王葬祭殿へ。
ハトシェプストはエジプト最初の女王。3段のテラスと一番奥に至聖所がある。遠目にここをみたとき、最近できた施設かと思ったほどみごとに残っていて、どこからが観光用に近年建てた施設なんかよくわからんくらい。壁画には貿易をしていた様子が描かれていて、そういう人やったんやなぁと感じられる。3階のテラスから街の方を見るとサトウキビ畑が広がっていて景色がいい。ってかアフリカの空は、青くて、日差しの強さで、畑の緑、空と川の青、山の赤がビビットできれい。

ちなみに1997年に渡航禁止にまでなったルクロール事件があったのもここらしい。

メムノンの巨像にちょこっとよって、ルクソール市街へ戻る。

夕食をとって、「音と光のショー」を見に再びカルナック神殿へ。
音と光のショーでは、ナレーションと遺跡に映した映像でテーベの歴史を解説される。章立てになっていて、カルナック神殿入り口から順々に進んでいく。最後はシートに座って遺跡の巨大スクリーンで見る。解説の言語は日替わりだが、受付で無料のラジオを借りていろんな言語で聞くことができる。
映像や音はともかく、ライトアップされた遺跡は見応えあり。

しかし、夜は寒い。緯度的には沖縄くらいかと思うが、Tシャツ、カーディガン、ニット上着くらいじゃ肌寒かった。

で、ホテルへ。
さっそく感激できた一日やった。

2011年11月20日

エジプト旅行 3日目 -ルクソール神殿 -

今日は日の出前に出発して気球に乗る。
気球の出発点であるナイル川対岸に渡る為の船に乗って、しばしティータイム。なのだがいっこうに動こうとしない。しばらくたって、なんやかんや長々キャプテンが理由を説明してはじめはったのだが、よくわからんけど、とにかく風が強いんだか無風なんだかで中止になった。こんなに天気がいいのに、地表の風は穏やかなのに中止になるなんて。うーん初気球楽しみやったのにしかたなし。

ルクソール市街にあるルクソール神殿。3km離れたカルナック神殿からスフィンクスの参道がずーっと続いているらしい。ちなみにまだ未発掘。

オベリスク、巨大な門、両脇に像。これこれ!
ちなみにオベリスクは2本あったのだが、もう1本のはパリのコンコルド広場にあるやつらしい。

いろいろ見ると面白いところで、壁画の一部にヨーロッパ風の絵画(最後の晩餐と言っていたがこんなんやったかなぁ)が描かれている。ローマ侵略の際にキリスト教の人がここまできて描いたらしい。また、やたら高い位置にモスクの入り口がある。つまるところ、そこまで埋まっていたということらしい。せっかくの遺跡をもったいない、という人もいるが、オレは古代に建てられたものが長年にわたって使われて生きていたと思って感動した。

ルクソールの特定のマクドでのみ売られているエジプト綿100%の限定バスタオルというのがあるらしいと聞いていたので、ガイドさんに言ったら、知ってるから寄りましょう、と言うことでマクド経由してもらってランチ。日が差し込んで、風が涼しくて、いい雰囲気のレストラン。今日もレストラン貸し切り。
そして、昼からアスワンまで車で250kmほどを遺跡に寄りながら移動。ツアーだけど乗用車での移動なので、快適。

エジプト旅行 3日目 -ホルス神殿、コムオンボ神殿-

ルクソールから車で2時間ほど南に行ったエドフという町にあるホルス神殿へ。ここはエジプトで最も古くて最も偉大で人気が高いハヤブサの頭を持つホルス神を祀った神殿。

約2500年前に建てられたものだが、かなり保存状態がいい。建物がそのまま残っているので壁画がじっくり楽しめる。高い壁の通路や、狭い階段の壁なんかも。ただキリスト教徒が、偶像崇拝を禁止していたのでレリーフの顔を削ってしまってたり、ここで住んでいたので天井がススで黒ずんでいる。まあ、それも遺跡とならずに生きていたと考えると"歴史あり"と思える。
そして、全然観光客がいなかったので、かなり雰囲気があってお気に入りの場所。

そしてまた南を目指す。

エドフから車で1時間ほどのコムオンボの町のはずれ、ナイル川に面した丘に立つコムオンボ神殿。ワニの頭の農耕の神のソベク神とホルス神の2つの神に捧げられた2重構造神殿。医療器具やカレンダーなどが壁画に掘られている。文明が進んでいるのを感じる。ちょうど日が沈む時間だったので、柱が真っ赤に染まってまたこれがいい。

そしてコムオンボから40分ほどか、アスワンに到着。かなり大きい町。例によって貸し切り状態のレストラン。トマトベースの煮物がおいしかった。で、ホテルへ。ホテルはナイル川の島にあるので船で渡る。リゾート感あふれる良いホテル。

2011年11月21日

エジプト旅行 4日目 -アスワン(切りかけのオベリスク)アブシンベルへ移動-

テラスから丘を見ているだけで絵になる。ゆっくり過ごしたいところだが、今日も長距離移動。

島にあるホテルからアスワンの街へ。昨夜はボートやったけど、今日はヌビア人の帆掛け舟ファルーガでゆっくり川を渡る。帆がでっかいのが特徴でカッコイイ。そして風任せでゆらゆら川下り。気持ちがいい。

アスワンの市街地にある切りかけのオベリスク。ここは採石場で、ここからナイル川下流へ運ばれたそう。
ここには切り出している途中でひび割れしたので、そのまま放置された状態になっているオベリスクがある。そもそもここで形まで作ってたんや、という驚き。
石を切り出してオベリスクなどをここで作る。ナイル川の河岸に船を砂で埋めておき、その上までここからスロープを造ってオベリスクを運ぶ。そして船を埋めた砂を取り除くとオベリスクが乗船。ここで、船はナイル川河岸の陸にあるのだが、年に一度のナイル川氾濫で、船が川に流れていく。そしてそのまま200km川下のルクソールにオベリスクが届くと。実に賢い。

エジプトの南端アブシンベルを目指す。アスワンからは約300km。その間はずーっとヌビア砂漠。この区間は警察の管理のもとで所定の時間にしか車で走れない。アスワンからアブシンベルへは午前4時と11時の2回だけしかスタートできるチャンスがない。この時間を逃すと通行できない。
バスターミナルみたいな場所に集まった自家用車やらバスやらが、ナンバーチェックを受けて次々砂漠の一本道に入っていく。なんかラリーのスタートみたい。これをコンボイというらしい。(おれはコンボイという乗り物に乗るのだと思っていた)ついでに、ずーと連なっていくのかと思ったら、即バラバラになる。

延々と砂漠。この砂にはセメントが含まれているらしくて、途中セメント工場があった。

途中、今回の旅行代理店の方からガイドさんに電話が。ごあいさつと言って変わってもらったが、この砂漠の真ん中で3Gの回線でクリアに通話ができた。うちの会社の事務所よりクリアかも。道路沿いの高圧線にアンテナがあるのだろうから当たり前なのは分かるが、なんか感動。しかも、代理店はロンドン。ディレイなく快適。それもあたりまえだが、なんか感動。

そして気がついたら360度全方位が蜃気楼。初めて見た蜃気楼が全方位って。砂漠すごい。

そして、アブシンベルに到着。ホテルや神殿までは一本道。ここもまた道路沿いが整備されていてキレイな街。ホテルで昼食。

エジプト旅行 4日目 -アブシンベル神殿-

ホテルで少し休んで、いよいよアブシンベル神殿へ。
チケット売り場からは神殿の後ろ姿が見える。後ろ姿からして存在感がデカい。
神殿の正面まで回ると、これはすごい。とにかく今ココにあるってだけで、きっと細かいことや歴史らや何も知らなくても、この大きさ、周囲になにもない雰囲気、誰もいない静けさとあわせて感動できると思う。いやー、もー、とにかく感動。よく移設してくれたよ。
そして、途中から貸し切り。ありえへん。

ゆっくり見てると、あらためて遠くまで来たなぁって感じる。

ここには2つ神殿があることを初めて知った。あんなにテレビとかで見てたのに。
エジプトに来て3日目にして、やっと遺跡をリアルなものとして見られるようになったなぁ。

そして、一旦外へ出てカフェでコーヒー飲みながら少し待って、日が暮れた頃に再入場してアブシンベル神殿の音と光のショーを見た。ここは、カルナック神殿とは違って、最初から席に座ってアブシンベル神殿の移設の話や古代の話の映像中心。まあとにかくライトアップは良い。

ちなみに、冬とはいえここは北緯22度と思っていたのに、冬のカッコが必要なほど寒かった。

そしてホテルに戻って夕食とってから部屋に。そこで気がつく。リゾートな感じのホテルまで貸し切り。ココのホテルは平屋に部屋が並んでいてちょっとした地中海の街みたいになっている。なので、部屋までは外を歩いていくのだが、夜は、湖の音しかしない、そして真っ暗、なのでちょいと怖い。

2011年11月22日

エジプト旅行 5日目 -朝のアブシンベル神殿 アスワンハイダム-

夜明け少し前にホテルを出て、またアブシンベル神殿へ。神殿の前で朝日をしばし待つ。こんなじっくり朝日を待つのもひさしぶり。

そしていよいよ。朝日が大きい、そして空気が澄み切っているのできれい。で、神殿の中に入って外を見る。神殿の一番奥まで日光が入り込む日ではないが、神殿の中に日が入り込んできて柱等が照らされるのを見てると神秘的。良いもの見た。

夜遅くまで、そして朝早くから開いているというのがいい。さすが観光の国。

ホテルに戻って朝食とって、今日もコンボイなのでその時間までゆっくり過ごす。
とくにやることはないのでホテルをうろうろする。

ホテルはちょっとした街みたいな造りで楽しい。
この日は客3人に対して、8人くらいで庭の手入れ、3人くらいの守衛さん、その他そこそこのスタッフ。それでいいのか?
部屋はキレイとは言いがたいが、プールや庭の手入れはキレイで、外を歩いていると気持ちがいい。夏は屋外のバーなどがあるらしい。

プールのリクライニングチェアに寝転がって、ナセル湖眺めたり、アブシンベル神殿眺めたりと、何もしない、でもすごい景色が目の前にあるという、すごい贅沢な時間。
その後オーナーらしき方とかと話したりして過ごす。暇なんだな。聞いたら、この日は日本のツアーが来るらしく、ちょっとは忙しい様子。アブシンベルで泊まるのはほとんど日本人で、特に今年は日本人観光客が減っているので暇そう。
とはいえ、せかせかするでもなく、ゆったり生活されている。

コンボイでアスワンへ戻る。
今日も全方位蜃気楼。

アブシンベル側から見てアスワンの入り口にあたるアスワンハイダムへ。ダムの真ん中からしか見られなかったので、幅3830mのこのロックフィルダム。ちっともダムな感じがしなくて堤防みたい。
環境に与える影響や多くの遺跡やヌビア人の村を沈めたりといろいろ問題のあるダムではあるが、もはやナイル川の氾濫を必要とはしないし、エジプトの近代化を目指す為、そして治水のためとも思うと、まあ必要でもあるんやろな。
ともかく、ダム好き、世界遺産好きとしてはここに寄れたのはうれしい。

しきりに世界一との説明があったが、もうなにかと抜かれているのでは。まあ、とはいえ、全長500kmの人造湖のナセル湖に、エジプトの1/3の電力をまかなえるらしい2.1GWは桁違いすぎる。

エジプト旅行 5日目 -イシス神殿-

アスワンダムとハイダムの間のナイル川にあるフィラエ島に移設されたイシス神殿へ。
ここはまずボートで渡る。そして見えてくる大きな塔門、列柱、レリーフ、すべてが凝縮された感じ。ここもローマ人が住んでいたようで、レリーフの顔が削られていたり、十字架が掘られていたりしていた。
さすがに街の近くなので観光客が多い。しばらくガラガラでの見学が続いたので、なんかうっとおしい。これが普通なんやろうけど。

この日は、アスワンからカイロまで13時間、寝台列車で移動。
初寝台列車やったけど、個室で寝転がって列車が走る音を聞いているだけでもいい感じ。列車の旅も良いかも。

ここで、旅行代理店からスケジュール変更の電話がガイドさんにあったよう。エジプトに入ってからカイロでは暴動が起こっているようで、カイロ中心部の考古学博物館、マーケット、モハメドアリモスクをコースから外すとのこと。残念やけどしかたなし。全然そんな雰囲気ないのになぁ。

2011年11月23日

エジプト旅行 6日目 -ギザ ピラミッド-

ギザ駅に到着。さすが大きな街だけあって、駅も地元っポイ人が多い。今回の旅で一番北なのに暑い。

さっそくピラミッドへ移動。道中の高速道路から街を見ていると、高いビルが多い。ブロックが積まれている建設中も多い。空きビルっポイのも多い。街としては、これまでのルクソールやアスワンの方がキレイかな。
とくに暴動な感じはなかったので安心。

朝は霧が出ていると言うことでなかなか見えてこなかったが、けっこう近づいてから薄っすら見えて来たピラミッド。えーって声あげてしまったほどデカい。
映像では伝わりません。なんでやろう。とにかく嘘みたいにデカい。これは行ってみないと分からん。
ちなみに今は中の石がむき出しになっている状態で、元々は石灰岩だかの化粧石でキレイな平面になっていたらしい。

ギザのピラミッドへ。ほんと街のすぐ横にある。クフ王のピラミッドに入場できるのは午前、午後、それぞれ150人まで。しかも予約できないらしく当日行ってみて残っているかどうかということらしい。到着したときには既に販売が開始されていたが、余裕でチケットが買えた。観光客少ないんやなぁ。

ピラミッド、いうことなし、すばらしい。

クフ王のピラミッドの中は、撮影禁止。
入り口付近は後で盗掘用にあけられたものなので洞窟みたい。その先はピラミッド建設当初からの道。かがみながら進まないといけないせまい回廊を抜けると、縦方向に広い大回廊。長い階段を上り、黒い花崗岩で作られた玄室にたどりつく。壁にはレリーフなどの壁画が一切ない、そして入り口も小さいから、ただ石棺だけがあるキレイな立方体のソリッドな空間。ちょっと話しただけでもワンワン響く。これも嘘みたいな空間。4500年前に建てたとは思えない。
いちおう、換気口や送風機があって空気は普通。

表に出てから「ラクダに乗りたい」とガイドさんにお願いして手配してもらった。(ぼられたりされたらいやだし)ラクダに乗って揺られながら展望台から砂漠やピラミッドを少し周る。これまた贅沢な時間。

クフ王のピラミッド脇の、発掘された木造の船が発掘現場まるごと博物館になっている、太陽の船博物館に。ここでは靴カバーをして入る。
これまた先日作ったところのようにキレイなままの木造の船。お見事。木はシリアの方から入手していたらしい(たしか)。ここは夏なら日差しを避けて休憩するのに立ち寄ると良いかもしれない。

そしてスフィンクス。思ったより小さいようみ見えたが、まあ、ピラミッドがでかすぎるんやな。
ウワサでは目の前が市街地ということだったが、そこまででもないかな。

エジプト旅行 6日目 -カイロ近郊-

ランチ後、カイロ郊外のピラミッドなどを見に行くため移動。
街を外れると、ナツメヤシの森みたいに栽培されていた。
やっぱコレまで通って来た田舎の村と比べると、川がゴミだらけだったりで、気になる。

ダフシュールの屈折ピラミッドと赤のピラミッド。誰もいないところに、巨大建造物がぽつんと建っている風景。やっぱコレがいい。

赤のピラミッドは中に入れる。ここもまた狭くて、中腰のまま長い通路を降りたり登ったり。でもやっぱり大回廊や玄室はおみごと。こっちは換気が悪いのか臭いがきつい。

メンフィスへ。かつて第二の都であったところらしいが、街の中心は廃墟に、周りに集落を残す程度になっている。メンフィス博物館。ラムセス2世の巨像が横たわっている。これまで立っている像を見てきたが、寝ているんを見るとあらためてでかいと感じる。あと、大理石のスフィンクスなども展示されている。

サッカーラへ。ここには階段ピラミッドをはじめいくつかのピラミッドがある。またピラミッドだけでなくて、祭殿などもある複合建築になってる。ピラミッドの設計者でもあるイムホテンプ博物館にも寄ったが、時間がなくてゆっくり見られなかった。
そして、ギザに戻る。

今回いちばん豪華なホテル。ピラミッドが見える部屋なのだが、日が暮れてからの到着やったので見られず。

カイロのナイトクルーズへ。
うーん、これはいかなかくてもよかったかなぁ。

2011年11月24日

エジプト旅行 7日目 -ギザ カイロ-

朝日に照らされるピラミッドを部屋で眺めよう、と思ったけどやっぱ霧。

暴動で博物館とかに行けなくなったので、その分ホテルでゆっくりする。せっかくの良いホテルやったんでリッチな気分を味わう。それも良し。

しばらくして晴れてきた。実際大きく見えるんやけど、どうも写真では小さく見える。お約束のピラミッドを手に乗せる写真を撮ったりして時間を過ごす。

昼食とって、カイロ郊外の空港近くにあるエジプトで一番大きいらしいショッピングモールへ向かう。
カイロ市内やギザの方は、2年前の豚インフルエンザ以降、生ゴミの収集が行われなくなったようで川などがゴミだらけだった。一方で、モールへの道中、高級住宅街やら、エジプト版渋谷みたいなところを通った。意外とと言っては失礼なのだが、お店や歩いている人たちのカッコなど、普通にオシャレ。道を走っている車をみるかぎりヨーロッパ車が増えてきてあきらかにお金持ち。

渋滞を住宅街の脇道でくぐり抜けまくったのでどれくらいの距離か分からないけど、カイロ中心から1時間ほどのヘリオポリスというところのシティースターズという複合施設内にあるショッピングモール、スターズセンターへ。シティースターズには他にインターコンチネンタルなどの高級ホテルが何軒かあった。

入り口にセキュリティーがあった。コレまでの遺跡等でもセキュリティーはあったが、ピーとなっても関係なしだったのに、ココはかなり厳重。
一歩はいると、ヨーロッパ系のなじみあるブランドからローカルなブランドらしきお店、高そうな家具屋さん、21ものスクリーンがある映画館、ジェットコースターやバンパーカーなどもある室内アミューズメントパーク、旅行者向けに免税店、お土産物屋さん街、あと普通にスーパー、レストラン、フードコートなど、6階建てのビルに600以上のお店が入っていて、まあなんでもあって一日遊べる。
ショッピングゾーンは、日本感覚やと、イオンやららぽーとよりも高級な印象で百貨店くらいのモール。普通に買い物できる。
どこでもそうだがスーパーは面白い。ショーケース売りは肉と魚だけでヨーロッパみたいな楽しみはなかったが、香辛料はさすがで、かめにたっぷり入れてディスプレイされていて、量り売りしていた。香りがよかった。
行きそびれたのだが、カイロ中心地のお土産物屋さん街、ハンハリーリの小さい版などのお土産物屋さんもあったらしい。
スタバでドル払いしようとするとバイト君がやり方分からないで戸惑うくらいで、エジプト旅行で行くところじゃないと思うけど、個人的には寄れてよかった。空港近くなので、ぜひ寄っていただきたい。

写真-> http://www.citystars.com.eg/citystars/photogal/gallery.asp?catid=11

そしてついにカイロ空港。
お世話になったガイドさんとエジプトらしく握手でお分かれして、この先は旅行代理店の方が飛行機の手続きをとってくれる。席がいっぱいやったけど、チェックインカウンターからカスタマーセンターまで移動したりなんやかんやいろいろ交渉してくれて、乗り継ぎ便も合わせて日本まで連れと隣の席を確保してくれはった。しかも待っている間に書類もまとめて書いてくれはった。すばらしい人。このサービス見習わないと。
おかげでスムーズに出国できた。

入ってすぐチェックインカウンター、すぐイミグレーション、すぐ搭乗口。搭乗口からはやっぱりバスに乗るという形。歩く範囲はコンパクトで分かりやすい。イミグレーション後の免税店はそこそこエジプト土産が買える。

いよいよエジプトを後にする。で、またカタールへ向かう。

2011年11月25日

エジプト旅行 8日目 -帰国-

トランジットのカタール空港へ。日が変わる時間帯やのにすごい混雑。見た目にも国際色豊かすぎる団体の数。ここから世界中に飛んでいってるんやなぁと感じる。

これまでも何度か行く機会があったけど行きそびれてきたエジプト。気球やカイロ中心部に行けなかった宿題が残ったものの、どこに行っても絵になる遺跡や景色があって、期待値以上で大満足。

小遣い稼ぎみたく無理やり案内しようとして来た人は時折しつこい人もいたが、そうでない人は基本的に人懐っこい感じの人が多かった。最初は真顔で来られるので何言われるのか分からず怖かったが。
(言語がそういう風に聞こえる発音やからかもしれんが)道ばたで口論ぐらい言い合っている人たちが多く、あっちこっちでいがみ合ってる見たいに見えるが、最後には握手して笑顔で分かれるという光景が常に見られた。今回見た限りでは優しい人が多かった印象で、オレがカタコト会話で話してても、ちょっと話にオチがつくたびに握手して、会話してても緊張なく楽しめた。

一昨年の豚インフルエンザ以降、カイロでは生ゴミの収集がなくなっているらしい。一方で田舎の方は生活はいいと言いがたいが、ゴミが散乱しているとかスラムとかそういう感じではなかったように思う。この差がいわゆる格差とは違った感じがする。なんやろ。国民性なんかな。
遺跡などの入り口には必ずこぎれいなお土産物屋の商店街があって、そこで売っている、大理石っポイとか、パピルスっポイとか、エジプト綿っポイものは、ほとんど中国製らしい。エジプトでそうなんやから、世界中のお土産が中国で手に入るんやないか?また、モノ売りの子供がちょいちょい「ニーハオ」って声かけてくる。また、ドーハ空港の免税店で店員が中国人ばかりになったタイミングがあった。今のところ、音と光のショーではアジアの言語では日本語のみだが、そのうち中国語に変わるのか。そうやって、日本語より中国語の方が優先度が上になり、世界中の美術館とか空港とかの日本語の説明や日本語ができる現地ガイドさんが減って、日本人が海外旅行しにくくなるんやろなぁ。そして、だんだん日本の知名度が下がっていくんやろなぁ。そういうのをココでも感じてしまった。

エジプトの観光客の割合は7割ほどヨーロッパの人らしい。ということで地中海側のアレクサンドリアあたりの観光開発が進んでいるそう。次回行くことがあれば、カイロ-アレクサンドリアかな。